よく見ればヌートリア

自分用の記録

あるモーテルの話をしよう。(泊まれる演劇 in your room ROOMシリーズについて)


ホテルと言う場所には、色んな人が集まる。

訪れる人たちは、それぞれに色んな目的と理由を持っている。それは観光かもしれないし、気分転換かもしれないし、もっと別の何か違う目的かもしれない。でも、10人宿泊客がいれば、10通りの目的と理由がある。

その中でひとつだけ共通しているのは、「ホテルを訪れた宿泊客は、必ずホテルを去っていく」と言うことだ。チェックインしたら、必ずチェックアウトしなければいけない。例外なく。翌日か、1週間後か、はたまた1ヶ月先か──それは人によって違うけれども、チェックインとチェックアウトはいつもワンセット、切っても切り離せない相棒であり、双子なのである。

それは物語にも似ている。始まりがあれば必ず終わりがある。プロローグがあり、エピローグがある。上がった幕は、いつか必ず下りなければいけない。ずっと昔から、そう決まっている。

 

ホテル×物語。
だからこの組み合わせは、似た者同士で、まさにぴったりだったのかもしれない。チェックアウトしなくていいホテルも、終わらない物語も、この世界にはひとつだってないのだから。
そして今日もまた、ひとつのホテルにチェックアウトの時間がきて、ひとつの物語に幕の降りる時間がやってきたのです。

 


(※以下、公式SNSや公式noteで明示された範囲の内容に関するネタバレを含みます)

 


泊まれる演劇 in your room 「ROOMシリーズ」。

元々は京都のHOTEL SHE,KYOTOでリアル公演として企画されていたイマーシブシアター「泊まれる演劇」が新型コロナの影響で延期になり、オンライン公演でその前日譚を語る物語として発表された作品でした。
初演は2020年5月の「ROOM101」。
2作目が2020年6月「ROOM102」。
その後2020年7月に「ROOM101」の再演を挟み、今回約半年以上振りに上演されたのが「ROOMシリーズ最終章」と銘打たれた新作「ROOM103」でした。

ROOMシリーズはオンラインイマーシブシアターであり、参加者は現地であるHOTEL SHE,KYOTO(作中ではMOTEL ANEMONEと呼ばれる)に赴くことなく参加することができます。
わたしたちは探偵助手。事前に与えられたコードネーム的な別名を名乗り、顔も声も明かすことなく、コンシェルジュ兼ホテル探偵(自称)である堅山ヒロを手伝いながら、Zoomの画面越しに事件の解決を目指すのが仕事です。

前述の通り、ホテルには色んな人間が訪れます。まあそれがみんな見事に訳ありで、一言では言い表せない、あまりにもどうしようもなく重く苦しい物語を背負ってやってくる人たちばかりです。だから、何かしらの事件が起きるのも当然ってもの。わたしたちはそれを解決する優秀な探偵助手であり、人知れずひっそりと起こり終わっていく、とある事件の数少ない見届け人なのです。

 

さて、まずはROOM101〜103までの3作について振り返り。

 

「ROOM101」
(初演:2020.5/1〜6)
(再演:2020.7/17〜20)

記念すべきROOMシリーズの第1作目。ROOMシリーズにおける一種のストーリーテラーであり、アイコンでもある堅山ヒロが初登場したのも勿論こちら。
著名な写真家の誘拐事件。浮かび上がったのは二人の容疑者。事件の解決を目指しながら、わたしたちは誘拐事件の裏に潜んだひとつの物語と真実に迫ります。
わたしが一番好きな作品。いやまあ、推しが出てるってのもあるんですが、それを差し置いてもこの作品が一番好きです。
ROOMシリーズにおいて話の根底にあるのって、「愛と救い」だってわたしは勝手に思ってるんですが(その話は後ほど)、それを一番感じる話だなって思います。どうしようもない過去、取り戻せない時間。悲しみと憎悪。だけどその中で道を間違えてしまう瞬間、手を引いてもう一度戻してくれる人がいる。
物語のラスト。キーとなる二人の登場人物の、最後の会話の素晴らしいこと…。口に出したらたった5文字の言葉で人は救われるし、救うことができる。これ書いてる途中でも泣きそうになるわ!
素晴らしいです。ほんとに素敵。何百回でも見たいし、見る度にどうしようもなく悲しくて、切なくて、でも爽やかで清々しい気持ちになれる。断ち切れない過去を捨てるんじゃなく背負ったままで、それでも前を向いて歩いていこうとする人たちの希望と強さを感じられる話でした。大好き。

 


「ROOM102」
(2020.6/24〜29)

ROOM101より1ヶ月後に上演された第2作目。1ヶ月後て。スピード感よ。
MOTEL ANEMONEで映画の撮影が行われることになった。その日は映画のロケハン日。その最中、主演である人気女優があるメッセージと共に姿を消した。そして不穏な幽霊騒ぎ。前作から引き続き登場する堅山ヒロ、そして監督や共演の俳優と共に、わたしたち探偵助手は失踪した主演女優を探します。
101よりにわかに増したわちゃわちゃ感と言うか、大騒ぎ感が楽しい。102のいいところは、「わたしたちと同じく事情を知らない、なにもわからずただただあたふたする人」がいたことだと思う。
最後にハッとする暖かさがあるのは相変わらず。受け入れられること、認められること。そして、許されること。ここにいてもいいんだと言われることの大切さ。ヒロのかける言葉が厳しくも優しくて、そのシーンでめちゃくちゃじわっときてしまいます。
同時に、堅山ヒロと言う人間の人となりを窺い知れたような気持ちになれたのも嬉しかった…!共通して出てくるナビゲート役ではあるものの、決して顔のない語り手ではない。彼には彼の繋がりがあり、彼だけの物語がある。そんな当たり前のことを知ることが出来たのが、凄く嬉しかったです。

 


「ROOM103」
(2021.2/5〜2/8)

いよいよやってきた最終章。101再演から半年以上間を開けて、満を持した感があります。
MOTEL ANEMONEは現在休業中。理由は、ある夜モーテルのオーナーの襲撃事件があったから。オーナーの命に別状はなかったものの、犯人の詳細は一切不明。果たして一体誰がオーナーを襲ったのか。そしてその理由は?
集められた3人の容疑者。オーナーとその妹。そしてやっぱりお馴染みホテル探偵とわたしたち探偵助手で紡ぐ、ROOMシリーズ最後の物語です。
よかった…(よかった…)
出てくる登場人物みんな個性的で、癖があり、だけど癖があるからこそ愛おしくなる。愛せる。それぞれにそれぞれの愛があり、想う人がいる。ちょっと101に立ち返ったような、人と人との繋がりを感じさせる物語でした。
オンラインにおいて考えうるありとあらゆるツールを用いるのがROOMシリーズの良さだけど、それが更にアップデートされている気もしました。作り込みがとにかく細かい。その中にこのシリーズ及び泊まれる演劇と言うひとつの世界をずっと見ていた人間なら嬉しくなるような仕掛けや小ネタもあって、それがまた最終章感を増幅させていて。寂しいけど、嬉しかったなあ。みんなどうしてるんだろう、って思わず考えてしまいました。

 


MOTEL ANEMONE。
舞台である最果てのホテル。
アネモネ花言葉は、「あなたを愛します」。それが紫の花なら、「あなたを信じて待つ」。フランスでは「辛抱」と言う花言葉もあって、それは「優しい春の風を辛抱して待つ」と言う解釈からきているそうです。風に身を委ねて、辛抱して生きる小さな花だから。

「ROOMシリーズは愛と救いの話だ」とわたしは言いました。このホテルに訪れる人は、皆誰にも言えず、誰にも託せない何かを背負っています。切り離すことも、捨てることも、だけど受け入れて開き直ることもできなくて、苦しみながら、悲しみながら、しかしどうにもなれず、どうにもできない人たち。
人は他者に認められて、受け入れられて、承認されて初めて生きられる。いや現実的に言えばそれがなくても生きていけるし、生きてかなきゃいけないのが現実なんだけど。だけど人は人と繋がって生きていく生き物だとわたしは思っている。人間同士の繋がりって、要するに他者から得られる承認なんじゃないでしょうか。
どうにもならなくなった時、どうにもできなくなった時。そして、どこにも行けなくなった時。誰かが与えてくれる「ここにいてもいい」「私は貴方を認めます」と言う「承認」が、きっとその人を救うんだと思います。
101で弟が兄にかけるたった5文字の言葉、102でヒロがあの人に告げた言葉。
それらは言い表せられないほどの無償の「承認」に溢れていて、それこそが紛れもない愛なのではないでしょうか。だから、ROOMシリーズの根底には愛がある。
脚本・演出である木下半太さんの書かれる物語はいつも登場人物が人間らしく、生き生きとしています。そして同時にROOMシリーズで半太さんが度々描く「復讐」と言う行為は、ハッとさせられるけれどその分一気に苦しくなる。でもその先に許しがあって、救いがあって、愛がある。103のクライマックス、真相に辿り着く最後のピースは、もしかしたらもうずっと遠く、手の届かないところにいる存在から与えられた最後の愛だったのでは、と思うと、目の前の画面が一気に滲みました。

 

そして更にいいなって思うのは、その救いの先に希望がちゃんとあるって言うこと。前を向いて歩いて行こうと言う、強さがあること。
登場人物たちはいつも、ラストに小さな希望を残して物語から去っていきます。ああ、きっとこの人たちはこれから強く生きていくんだろうな、と思わせてくれる。もう大丈夫、と思わせてくれる強さを表情に滲ませて、物語の舞台から降りていきます。だからこそ、なんとなく、あれからどうなっただろうなあ、と考えるのです。まるで現実に存在するひとりの知り合いのように、その後が気になってしまうのです。切なくて悲しく、それでいて後味は爽やかで清々しい。まさしくハートフル。愛だ…アナザーストーリーと言うスピンオフをくれ。

しかし、前を向いて歩くって、簡単に言うけど難しいことなんだよな、と最近よく思う。前向いて、右足出して、左足出してれば前には進むんだけど、それだけのことがとんでもなく難しいのです。特にいまこんな状況では。

ROOMシリーズは、そもそも昨今の状況によってリアル公演を当初の予定から変更せざるを得なくなり生まれた作品でした。今までならなんの問題もなくできていたものが普通にはできなくなって、だけどそれ故に生まれたものとも言えます。

アネモネの花は「優しい春の風を辛抱して待つ」花です。この作品も同じように、いつか必ずやってくる明るい未来を、辛抱強く待つ人たちが集まって作り出した物語なんだな、とわたしは思いました。そしてその物語そのものもまた、紛れもない希望です。しかし人間が花と決定的に違うのは、ただ風に身を委ねて生きる生き物ではないと言うこと。冷たい風が強く吹く日には、その風を遮りながら歩く方法も、逆にその風を利用してしまう方法さえも作り出せてしまえると言うこと。常に考え、歩きながら生きていく生き物なのです。
あんたには立派な足がついてるじゃないか──と言うのは有名な漫画の名台詞の一部ですが、どれだけいまこの状況に吹く風が強く厳しいものだったとしても、右足を出して、左足を出して、前を向いて進むことが如何に難しいことだったとしても、辛抱強くそれに耐え、歩き続けてくれる人たちにわたしは希望を見るし、その希望に心の底から感謝してなりません。

 

それではまたMOTEL ANEMONEの扉が開き、宿泊客の事件と物語に触れられることを祈りつつ、名もなき探偵助手のひとりで見届け人だったわたしの感想はここまでとしておきます。
最後に一言だけ。「パーフェクト!」